ラブルースト先生の建築教室

将来の仕事に迷っている中学生や高校生に、「建築」という仕事はどう?と勧めるためのブログです。

私は…、…まじか?

まじだ。…もう何だか、ようやる、としか言いようのない気分が、私の中に充満しているのだ。いや、君たちのような、年下の子たちを相手にするのは、割と楽なのだ。柔軟性があるからな。ただ、ル・コルビュジェ先生とか、頭の固いおじさんを相手にするのは、本当に骨が折れる。

 

ピアノ君「校長先生のこと、おじさんなんて言っていいんですか?」

 

おじさんだよ。おじいさんと言わないだけ、ありがたく思って欲しいぐらいだ。いや、むしろおじいさんでいてくれた方が、ずっとありがたい。この世で一番扱いにくいのが、おじさんなのだ。

 

ロジャース君「おじさんのどこがいけないんですか?」

 

それはだな、叱ってくれる人がいないことだ。叱るというのは、大体年上の人が年下にするものだろう?人ってものはだな、大体において、上昇志向があるものだ。おじさんになってもだ。

 

ロジャース君「ええ~、人間歳を取ると、怠惰になっていくんじゃないんですか?」

 

そういう君たちだって、十分私から見ると、怠惰だぞ。大人だろうが、子供だろうが、真剣な時はあるし、怠惰な時もあるのだ。さっき私が、おじいさんの方がずっと扱いやすいと言ったのは、もうボケちゃって、子供が叱っても怒らないところだ。だがな、おじさんという輩は、上からも下からも、怒られることがなくなってしまってる。なのに、父親としての、部長としての、巨匠としてのプライドがあるから、怒られることは格好悪いことだと思っている。だがな、おじさんは誰かに怒って欲しいのだ。そこが実に扱いにくいのだ。

 

サーリネン君「先生だって、おじさんじゃないですか。」

 

おお、さすがサーリネン君。私もその通り、おじさんに片足突っこんでいる。だが私が他のおじさんと違うところは、怒られたくないところだ。怒られると、私は怒った人に気を使ってしまう。で、その怒った人が私よりおじさんだとする。おじさんは、本当は怒られたくて、私に怒っているのだと、わかる。そうすると、私は怒られているのにも関わらず、そのおじさんに対して、怒ってやらなくては、と思ってしまう。二重に気を使ってしまうのだ。で、私はぐったり疲れてしまうのだ。私は、おじさんに怒られるのが、一番嫌いだ。

 

サーリネン君「なんか、おじさん同士、気を使い合って、なんか気持ち悪いんですけど。」

 

な、気持ち悪いだろ?昔は私は、永遠の少年でいる、なんて思ったこともあったが、実際歳を取ってみると、色々見えてくるもんがあるもんだ。

 

ハディド君「もう、おじさん論なんてやめてください。ぐったりですわ。」

 

ああ、ごめんごめん。女性にはきつい内容だよな。

 

ブオナロッティ君「このおじさん談議が、建築と何の関係が?」

 

つまりなあ、君たちのこれから進む建築の世界というのは、おじさん中心の世界なのだ。世の中には、もっと華やかで、若々しい職業がいっぱいあるだろう?やっぱりそういう世界に比べると、くすんだ世界なのだ。私が君たちに教えたいことは、これから君たちが進む建築の世界に、華やかさを加えて欲しいということだ。華やかさとは、若々しさだ。上司や、親方の言うことが全てじゃないぞ、ということを言いたいわけだ。素直さが重んじられるこの世界に、反骨精神を、持ち込んでほしい。それにしても君たちは、素直だな。建築の世界での見込みは高いが、おじさん臭くなるなよ。

 

ローエ君「うぃー、なんか嫌な話なんすけど。僕はこのままでいいすか?」

 

うん、よい。そのままで行くんだ。変えるなよ。

 

ローエ君「う。変えないで…。」

 

50,60になるのだ。

 

ローエ君「きついっす。」

 

まあ、なんだな。私も言ってることが何だかよくわからんところがあるが、色々と面白いことを考えて、この世界に入るように!君たちには期待してるぞ。ではまた!